ビートルズにまつわる雑文日記

ザ・ビートルズもしくはその辺りにまつわる雑文を不定期に書いていきます。

ポップミュージック雑文

「ボブ・ディラン自伝」夏休みなので久しぶりにこちらも読んでみた。


2020-07-26_2051

2004年にアメリカで出版され、日本では、2005年に菅野ヘッケル氏の訳で出版された「ボブ・ディラン自伝」出版されてもう15年(ガーン)になるのです。自伝といっても時系列で書かれているわけでもないし、彼の業績や偉大さが一つずつ書かれているわけでもない。言い方悪いけど、まるで今、その場にいるかのように、昔の出来事を詳細に書いた、夏休みの日記のようです。これが面白い。
本の帯には「名人級のエッセイリスト、世間が注目せずにいられない文化評論家、そしてもちろん空中曲芸師のふりをする詩人の手になる傑作」とあります。
ほんとなら続編第2弾がありだったんだけど、その後はどうなんでしょうね。
ディランのすること、言うこと、よくわからないことが多すぎる。でもそれが楽しい。
これからも続編を期待しています。(^-^) というわけで

ディランがビートルズについて書いたとこをちょっとだけ (^_^;)

壁の向こうでラジオがかかっていて、雑音混じりの音が聞こえてきた。
ビートルズが「ドゥ・ユー・ウォント・トウ・ノウ・ア・シークレット」を歌っている。
ビートルズはとてもわかりやすくて素晴らしい。私はビートルズが登場してきたときのことを覚えている。彼らは他にはない親近感と仲間意識を感じさせるグループだった。ビートルズの歌で、1国が築けそうな勢いだった。今はもう遠い昔のことのように思える。「ドゥ・ユー・ウォント・トウ・ノウ・ア・シークレット」はとてもよくできた50年代風の感傷的なラブバラッドで、こうゆうものは彼らにしかつくれない。この歌は少しもめめしくないのだ。


「ラフ&ロウディ・ウエイズ」ボブ・ディラン

2020-07-24_1523
 
試してみようかなと思っていたけど、サブスクで「アマゾン・ミュージック」を使うことにして、まさかこんなに使うとは思ってもみなかった。今の時代は、基本なんでもアップされている。
僕がいつも練習しているオルタネイティブなハワイアン・ウクレレの曲から山口百恵ベストコレクションまで、超便利です。(^-^)
そんな中で、当然ディランの楽曲も聴き放題!です。

でもディランはそれじゃダメなんです。

「ラフ&ロウディ・ウエイズ」予約してあったCDが届きました。

2020-07-24_1529

これからは、菅野ヘッケル氏の解説
中川五郎氏の歌詞・対訳を読みながらじっくりディランを聴くわけです。

ディランがジョン・レノンに捧げた「ロール・オン、ジョン」を収録した
「テンペスト」から時は経ちました。
今回17分近い大作にもかかわらず、ディラン初めてのビルボード
シングルチャート1位を獲得したのが「最も卑劣な殺人」
必聴でしょう。



1979年ってビートルズ離れの年だったかも その3?


2020-06-18_0951


1979年12月18日・19日の日本武道館でのイーグルスのライブ行きました。

「ウェストコーストロック」
その頃、僕の周りはほとんどこれでした。
アップルのアーティスト、バッド・フィンガーの曲「ディ・アフター・ディ」で
ジョージ・ハリスンがスライドギターを弾いていることを教えてくれたI君は
レット・イット・ビーをピアノで弾いておきながら
ウェスト・コーストに沈み、ジャクソン・ブラウンにはまって
これ聴いてみてよと「レイト・フォー・ザ・スカイ」のLPを貸してくれました。
そしてI君は1976年のイーグルス日本公演に行きました。

そんなわけで、進学で東京にいたI君と、スティービー・ニックスにはまったもう一人のI君と
下北沢の駅前にあった「にしんば」だっけ?という店に
3人でよく飲みに行きました。
その頃、有線でよくかかっていたのが「ホテル・カリフォルニア」です。
またはもしかすると、オフコースの「さよなら」。。。
歌謡曲にもホテカリテイストのアレンジがかなり流行りました。

とにかく2回の「イーグルス」の武道館へは、3人で行ったわけです。
「ホテル・カリフォルニア」が凄すぎて、新しい曲ができていないらしく
一応「ロング・ラン」が完成、ライブでも新曲が披露されました。
僕らが聴いても、新曲があまりよくないのは明白でした。

でも実は新曲など必要ないわけです。
I君指導の元、ホテル・カリフォルニアまでの今でゆうセットリストは完璧で
生で聴いた「ホテカリ」これは一生もんだよ。と言いながら
アンコールでの「テイク・イット・イージー」が、めちゃめちゃかっこいい。
最上階に余っている席がある!ということで次の日も行ったのです。(^-^)


そんなこんなで、1980年ポール・マッカートニーの来日が決定したわけです。
でも中止、みんなでウドーに行きました。

2020-06-25_1524

2020-06-25_1530


そして、1980年2月にI君がはまった「フリートウッド・マック」武道館ライブ
すごいよかったよ (^-^)

2020-06-18_0952

というわけで、結構、行っていたんだよね。

次回は、なぜ僕が自腹で行けたのか?!
これって、リンゴがらみで、ちょっとだけ続く



1979年ってビートルズ離れの年だったかも その2?


2020-06-18_0950

1979年12月の日本武道館でのクラプトンのライブ行きました。
ジョージのお友達、エリック・クラプトンです。
今回納戸の奥から引っ張り出してきたパンフによると衝撃的なことが発覚!

なんとクラプトンは、茨城県水戸市県民文化センターでも11月23日に公演していました。

茨城県出身の僕としては、これは歴史的に考えても重要だなーと
その頃の水戸って存在感があったのかも?またはウドーとのコネ?
何しろエリック・クラプトンですから。(^-^)

実際、クラプトンについて僕が何を知っていたかというと?
ジョージの傑作「ホワイル・マイギター」のソロ
ジョンがトロントで行ったライブでのクールでかっこいい演奏、
そしてジョージと作った「バッジ」というすごい曲があるらしい!ということ。
そんなわけで、コンサート前に、友達から「スローハンド」と
クラプトンを知っておくべき最低限の曲カセットをいただき予習しました。(^_^;)

クラプトン、めちゃかっこよかったです。

この時は、まさかジョージと一緒にきてくれるとは夢にも思いませんでした。


Eric Clapton - Badge





1979年ってビートルズ離れの年だったかも その1?


ポールが何かのインタビューで、ビリー・ジョエルの「素顔のままで」を好きな曲に選んでいたなー、そんなことを偶然思い出すと、そーいえばビリー・ジョエルのライブに行ったよなーとさらに思い出したわけで、よくよく調べてみるとそれは1979年の5月の武道館でした。

2020-06-18_0949

僕の記憶が正しければ、その頃ビリー・ジョエルはめちゃめちゃ売れていて
ウィキによれば、日本では「ストレンジャー」が ソニーのCMソングとして起用されて大人気になり、オリコン総合チャートで最高2位にまで達した。(^-^)
らしいです。

超久しぶりにアルバム聴きました。

2020-06-18_1036

最近知ったことだけど、このアルバムで4曲めに登場する7分37秒という
長いメドレーイタリアン・レストラン (Scenes from an Italian Restaurant) は
彼なりに、ビートルズのアビーロード・メドレーを意識したメドレー曲。
プロデューサーが、フィル・ラモーンだからかな。
あらためて今更だけど、すごくいい。


スポンサードリンク





スポンサードリンク

記事検索


もっとビートルズ関連ブログをみてみる

にほんブログ村 音楽ブログ ビートルズへ
にほんブログ村